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大阪高等裁判所 平成5年(う)864号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三年及び罰金一〇万円に処する。

原審における未決勾留日数中一五〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

押収してある覚せい剤結晶粉末一袋(当庁平成五年押第二六七号の1)を没収する。

被告人から金一万六〇〇〇円を追徴する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官堀川和男作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人原田裕彦作成の答弁書に、それぞれ記載のとおりであるから、これらを引用するが、論旨は、第一に本件営利目的による覚せい剤譲渡罪の不法収益につき追徴の言渡しをしなかった原判決の法令適用の誤りの主張であり、第二に本件営利目的による覚せい剤事犯につき罰金刑を併科しなかった原判決の量刑不当の主張である。

一  論旨に対する判断

1  論旨の第一は、原判決は(罪となるべき事実)の第一、第三及び第四において、被告人がいずれも営利の目的で、瀧本健治に対し、覚せい剤約0.5グラムを代金八〇〇〇円で、中村治美に対し、覚せい剤約0.135グラムを代金三〇〇〇円で、片山政夫に対し、覚せい剤約0.3グラムを代金五〇〇〇円でみだりに譲り渡した事実を認定しているところ、被告人が右三名から覚せい剤譲渡の対価として受領した現金合計一万六〇〇〇円は、国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(以下「麻薬特例法」という。)二条三項にいう薬物犯罪の犯罪行為により得た財産であるから、同法一四条一項一号により不法収益として没収すべきところ、被告人がこれを新たに密売及び自己使用するための覚せい剤の購入代金やパチンコ遊興費に費消してしまったため、右現金又はその転換財産の現存を確認できず、不法収益又は不法収益に由来する財産として没収することができないので、同法一七条一項によりその価額を被告人から追徴しなければならないのに、原判決が、原判示第六の被告人が所持していた覚せい剤を没収した上、重ねて従前の譲渡代金相当価額を追徴することは二重処罰の疑いがあるなどとし、追徴の言渡しをしなかったのは法令の適用を誤ったものであり、これが判決に影響することは明らかである、というのである。

2  所論及び答弁にかんがみ、記録を調査して検討するのに、原判決挙示の各証拠によると、原判決が(罪となるべき事実)の項で判示するとおり、被告人は、いずれも営利の目的で、平成四年一〇月二二日ころ、瀧本健治に対し、覚せい剤約0.5グラムを譲渡して代金八〇〇〇円を現金で受領し(原判示第一)、同年一一月二四日ころ、中村治美に対し、覚せい剤約0.135グラムを譲渡して代金三〇〇〇円を現金で受領し(原判示第三)、平成五年一月二三日ころ、片山政夫に対し、覚せい剤約0.3グラムを譲渡して代金五〇〇〇円を現金で受領し(原判示第四)、さらに、同月二四日、営利の目的で、覚せい剤約2.6グラムを所持した(原判示第六)ことが認められる。

この事実に基づき、麻薬特例法の不法収益等の没収・追徴の要否について判断するのに、被告人が瀧本健治ら三名から受領した現金合計一万六〇〇〇円は、営利目的による覚せい剤譲渡という麻薬特例法二条二項五号所定の薬物犯罪(覚せい剤取締法四一条の二第二項の罪)の犯罪行為により得た財産であって、同条三項にいう不法収益に当たるから、同法一四条一項一号によりこれを没収すべきであるところ、記録によると、右金員は、所論が指摘するとおり、被告人が新たな密売と自己使用のための覚せい剤の購入代金やパチンコ遊興費に費消したものと認められる。そうすると、右金員は、不法収益として没収することができない場合に当たるので、麻薬特例法一七条一項によりその価額合計一万六〇〇〇円を追徴すべきものといわなければならない。

3 そこで、原判決の判断について検討するのに、原判決は、「本件のごとく覚せい剤の買入れと一部の密売が累行された場合にあっては、初回の譲渡代金(不法収益)をもって次回の覚せい剤を買い入れた場合等には、同覚せい剤及びその譲渡代金が「(初回の)不法収益に由来する財産」と認められることもあり、結局、判示第六の被告人が所持していた覚せい剤は「(従前の)不法収益に由来する財産」であると認める余地がないわけではない」と判示している。

しかし、覚せい剤については、次のとおり、それが不法収益である覚せい剤の譲渡代金で購入されたものであっても、麻薬特例法にいう「不法収益に由来する財産」には当たらないと解される。

すなわち、麻薬特例法は、薬物犯罪から生じる不法収益等を的確にはく奪することにより、資金面から薬物犯罪の禁圧を図るという観点から、無形の財産を含む広範囲の没収・追徴制度や不法収益等の隠匿、収受行為の処罰などを定めるところ、一方、覚せい剤等の規制薬物それ自体については、従前から別途覚せい剤取締法等のいわゆる薬物四法において保安処分的観点から没収の対象とされ、その所持や譲受けも犯罪とされている。そして、麻薬特例法一条の趣旨等に徹すると、同法は、薬物四法による規制を前提とした上、なお前記の観点からこれを補充するための特例法として制定されたものであって、同法の没収・追徴についても、従来の薬物四法においてはく奪できない財産を特にその対象に取り込もうとするものと考えられる。

このようにみると、覚せい剤は、それが不法収益である譲渡代金で購入されたものであっても、覚せい剤譲受罪ないし所持罪に係る物件として覚せい剤取締法四一条の八第一項の規定により没収されるのであるから、これを麻薬特例法にいう「不法収益に由来する財産」とみる余地はない。また、原判決がいう「初回の譲渡代金(不法収益)」で覚せい剤を購入し、これを譲渡した場合の代金も、それはあくまでも右譲渡の不法収益であって、「初回の不法収益に由来する財産」ではない。これを本件についてみると、原判示第六の被告人が所持していた覚せい剤は、仮にそれが原判示第一の覚せい剤の譲渡代金、その他従前の覚せい剤の譲渡代金で購入されたものであったとしても、原判決がいうように「(従前の)不法収益に由来する財産」となることはない。

結局、覚せい剤の譲渡代金で更に覚せい剤を購入した場合は、右の譲渡代金は覚せい剤の購入に費消されたものとみるほかはなく、麻薬特例法一四条一項により没収することができない場合に当たるから、覚せい剤取締法四一条の八第一項により右購入された覚せい剤を没収するとともに、麻薬特例法一七条一項により譲渡代金相当額を追徴すべきことになる。この場合、覚せい剤の没収は、覚せい剤譲受罪ないし所持罪に係るものであることを理由に処罰するのであり、譲渡代金相当額の追徴は、覚せい剤譲渡罪の犯罪行為による不法収益であることを理由に処罰するものであり、同一の犯罪について重ねて処罰するものでないことはいうまでもない。

4 弁護人は、原判決の見解は正当であるとし、麻薬特例法の没収・追徴の規定をみても、同法の「不法収益」や「不法収益に由来する財産」につき薬物四法による没収が不可能であるなどの留保はないから、麻薬特例法は薬物四法による没収が可能かどうかにかかわりなく適用があるものと解するのが自然であり、むしろ薬物犯罪による不法な利益を洩れなくはく奪するという麻薬特例法の制定趣旨からすると、そう解すべきであると主張する。

確かに、麻薬特例法の規定上、右のような明文の文言による留保がないことは所論のとおりである。しかし、原判決及び弁護人の見解によると、例えば、覚せい剤を譲り受けた場合に、右覚せい剤は、麻薬特例法二条三項にいう薬物犯罪(覚せい剤譲受罪)の犯罪行為により得た財産として「不法収益」に当たることになると思われるところ、これは従来の薬物四法とは別に麻薬特例法が制定された趣旨と相容れないものであり、そのような解釈が正当であるとは考えられない。

また、例えば、覚せい剤の買入れと密売を重ねてその都度譲渡代金を取得した場合は、薬物犯罪から生じる不法収益を的確にはく奪するという麻薬特例法の趣旨、目的に照らし、当然それらの代金のすべてを不法収益としてはく奪する必要があるというべきであるところ、原判決及び弁護人の見解によると、代金の使途等に関する立証の問題もあって、代金のすべてを没収又は追徴することができず、せいぜい最終の譲渡代金を没収又は追徴することができるにとどまることになりかねないが、そのような結論を導く解釈が正当であるとも考えられない。

その他弁護人の主張を検討しても、原判決及び弁護人の見解を支持することはできない。

5 以上のとおり、原判決が原判示第一、第三及び第四事実の覚せい剤譲渡代金合計一万六〇〇〇円の価額について、没収に代わる追徴をしなかったのは、法令の解釈適用を誤ったものであり、この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。

よって、その余の論旨について判断するまでもなく、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により被告事件について更に次のとおり判決する。

二  自判

原判決が認定した罪となるべき事実に法令を適用すると、被告人の原判示第一、第三、第四及び第六の各所為はいずれも覚せい剤取締法四一条の二第二項、一項に、原判示第二の所為は同法四一条の二第一項に、原判示第五の所為は同法四一条の三第一項一号、一九条にそれぞれ該当するところ、原判示第一、第三、第四及び第六の各罪について、それらの犯行は被告人が自己使用分の覚せい剤の代金やパチンコ遊興費を捻出するために反復累行していたものの一部であることなどの情状を考慮して、所定刑中有期懲役刑及び罰金刑を選択し、被告人には原判示(累犯前科)の項に記載の前科があるので、刑法五六条一項、五七条により原判示第一、第三、第四及び第六の各罪の各懲役刑及び原判示第二及び第五の罪の刑にそれぞれ再犯の加重をするが(ただし、原判示第一、第三、第四及び第六の各罪については、いずれも同法一四条の制限内で)、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については、同法四七条本文、一〇条により刑及び犯情の最も重い原判示第六の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、罰金刑については、同法四八条二項により原判示第一、第三、第四及び第六の各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役三年及び罰金一〇万円に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中一五〇日を右懲役刑に算入し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、押収してある覚せい剤結晶粉末一袋(当庁平成五年押第二六七号の1)は原判示第六の罪に係る覚せい剤で犯人である被告人の所有するものであるから、覚せい剤取締法四一条の八第一項本文によりこれを没収し、被告人が原判示第一、第三及び第四の犯行により取得した現金合計一万六〇〇〇円は麻薬特例法一四条一項一号の不法収益に該当するので、被告人から没収すべきものであるが、既に費消されて没収することができないから、同法一七条一項を適用してその価額を被告人から追徴し、当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官田村承三 裁判官久米喜三郎 裁判官出田孝一)

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